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ピッカリ注目!ひたむきな農業者の背中

こつこつと、先を行く/樋口賢治さん

2016.10.18福岡県八女市 JAふくおか八女青年部(『地上』2016年3月号より)

県内の農業生産法人に就職し、独立をめざした。父がイチゴの高設栽培に挑むにあたって、後継者となった。当初から天敵による害虫防除に取り組み、失敗しても、諦めることはなかった。10年余りの時を経て、いま、先駆者として多くの視察を迎え入れている。

失敗の原因は、確実に突き止めたい。 その積み重ねが、自分だけの参考書を作る

 JAの集出荷施設に、次から次へと軽トラックがやってくる。2015年12月中旬。クリスマスシーズンを控え、イチゴ農家にとっては、まさに書き入れ時を迎えたところだ。
 樋口賢治さん(37)は“高設”と記された搬入口に軽トラックをつけ、イチゴの入った箱をローラーコンベヤーに載せていく。軽く手で押すと、コンベヤーがカラカラと小気味よい音をたてて動きだす。中身を確認する検査員の向こうからは、積まれた箱をビニールバンドで結束する機械の音が聞こえる。イチゴはこれから「博多あまおう」のブランドで、消費地へと旅立つ。
「ほとんどが、東京に向けて出荷されています。届くまでに2日かかるので、完全に熟す前に収穫しないといけません。しかたないことですが、消費者の方に申し訳ないなあと、ときどき思うことがありますね」
 おっとりとした語り口で、樋口さんは笑顔を見せる。

八女市は福岡県南部に位置し、大分県や熊本県と接する。平野部から山間部まで広範囲にわたり、「八女茶」として知られる茶やイチゴ、米、麦、果樹、野菜、花卉など、多種多様な農業が営まれている

手間と時間でコスト削減

 双子の兄姉を持つ次男として生まれた。小学生の頃からバスケットボールに汗を流し、普通科の高校に進学。卒業すると、茨城県の鯉淵学園農業栄養専門学校に進み、農業を学んだ。
「初めは改良普及員になりたいと思っていたんです。しかし、当時は就職氷河期で、公務員試験もすごい競争率で……それで結局、福岡県内でキノコを主体に経営する農業生産法人に就職しました」
 そこで技術を学びながら、いつかは農業者として独立することを次なる目標に定めたと、樋口さんは述懐する。
 ところが、転機はほどなく訪れた。就職して2年めを迎えたとき、父がイチゴの高設栽培に取り組むことを決め、樋口さんに後継者の声がかかったのだ。
「父は米や麦、イチゴを作っていたのですが、ちょうど福岡県で『あまおう』の生産がスタートした時期で、兄は勤めに出ていましたし、ぼくに白羽の矢が立った感じですね」
 こうして、樋口さんは03年に法人を退職。後継者として経営に参加することになった。
 イチゴ生産に取り組み始めてから、これまで一貫して挑戦してきたことがある。それは天敵による害虫防除の実践だ。
「ハダニとアブラムシにたいして天敵を用いています。例年なら、12月になればハダニの活動は弱まるんですけど、この冬は暖かくて、まだ油断できません。それでも“天敵君”ががんばってくれてますから」
 と、樋口さんは胸を張り、おどけてみせる。そもそも天敵による防除は、法人に勤めていた時代に知り合った改良普及員から、試験栽培を勧められたのがきっかけだったという。
「彼から普及センターの担当者を紹介してもらって、二人三脚で勉強してきました。単純に価格だけ比べたら、一般の農薬のほうがコストは少なくてすみます。しかし、散布の手間や時間をお金に換算すれば、天敵のほうがコストの削減になる。もちろん、安定した効果を実現することが前提になりますが」
 ハダニにはミヤコカブリダニやチリカブリダニを、アブラムシにはコレマンアブラバチを投入する。いずれもハダニやアブラムシをいちど限りなくゼロにしてからの投与が有効だ。しかし、導入当初はそれを徹底できなかったり、他の病害虫防除の農薬によって天敵の活動を阻害してしまったりという失敗を繰り返した。
「たいせつなことは、失敗の原因を確実に突き止めること。それを積み重ねて、自分だけの参考書を作るイメージでやってきました。かれこれ10年余り。どれくらい天敵が働いているのかとか、他の農薬を散布するタイミングだとか、だいぶつかめるようになりましたね」
 今では、九州のみならず全国の産地から視察を受け入れる“先駆者”として評価され、地元でもチャレンジする農業者が増えてきているという。

青年部の行動力を再認識

「勤めていた法人の経営者からは、生産だけでなく農業経営のことも教わりました。改良普及員やJAの営農指導員、イチゴ部会の先輩、そして視察に訪れる生産者……いろんな人から技術や知識を得て、今のぼくがある。そういう人に巡り合えたことは、ほんとうに感謝です」
 と、樋口さんはしみじみと話す。そして、JAふくおか八女青年部での出会いもまた、自身を大きく成長させてくれたと、言葉を続ける。
「なかでも九州北部豪雨は、人の温かさや、青年部の結束力がいかに強いかということを思い知る経験になりました」
 12年7月に起こった集中豪雨により、熊本県、大分県、福岡県で30人が犠牲になった。JAの管内でも山崩れや河川の氾濫など、中山間地域を中心に被害は甚大なものとなった。
 樋口さんは当時、JA青年部の委員長を務めていた。
「募金活動もしましたが、青年部らしい、青年部だからできることがあるんじゃないか。ぼくも含めて大きな被害を受けなかった役員みんなで考え、畑やハウスの土砂を取り除いてほしいという仲間の声を聞き、ボランティアに行くことにしました」
 実際に訪れたのは、被災から1週間ほどたった頃だったという。しかし、住民に笑顔は戻っていなかった。それが今でも印象に残っていると、樋口さんは当時を振り返る。
「電気も復旧していませんでしたし、いかに恐ろしい思いをして、不安な時を過ごしてきたかが伝わってくるようでした」
 それでも、被災地域のJAの支店では青年部のメンバーを温かく迎え入れ、昼休みの休憩場所などを確保してくれた。昼食は、JA女性部が用意してくれたという。
 数日かけて被災地域の土砂の撤去に汗を流し、さらに8月下旬にもふたたび被災地に赴いた。参加したメンバーは、総勢300人。炎天下での作業にだれひとり不満を漏らすことなく、黙々と作業に当たった。
「被災されたみなさんの役にどれだけ立てたかはわかりませんが、青年部の行動力ってすごいんだと再認識しました」

いろんな人に会えば、 いろんな考え方に触れられる。 JA青年部の仲間も、 ぼくの視野を広げてくれる

イチゴの経営面積は23a。施設内にはシートが敷き詰められ、整理整頓も欠かさない。「コンセプトは“スニーカーでできる農業”です。若い人がめざしたくなるような、農業のイメージアップだと思ってやっています」と樋口さんは言う

地域にイチゴ生産者は多いが、10年後、15年後を考えると、その数は少なくなることが予想される。樋口さんは「いまのうちから技術を高め、省力化を図りながら安定した生産を実現できるようにすること。そのうえで家族と相談して、タイミングが合えば規模の拡大を考えていきたい」と話す

JAふくおか八女青年部の親しい仲間と。部員数300を超える青年部では支部ごとの活動のほか、15年以上続く婚活イベント「ふれあいPARTY」を中心に、本部活動も精力的に展開している

人との出会いで得るもの

 樋口さんは今後の経営の展望について、次のように話す。
「以前、スリップスの天敵防除に取り組んでみたのですが、価格に見合う量の投与だけでは防除しきれなくて、諦めた経過があります。だから、もう一度取り組んでみたいですね」
 それに加えて、土着する天敵を活用して、夏場の育苗期から効率的な防除を行い、冬のハウスにそのまま持ち込むことで、より安定した防除体系がつくれるのではないかと話す。夢はどこまでも続く。
「もちろん、意地でも天敵でというつもりはありません。あくまで一般の農薬も含めて総合的に考え、いちばん安定的で効果的な病害虫の防除を行いたいと思っています」
 ちなみに、妻の夕子さん(36)は樋口さんとは中学の同級生。東京に出て働いていたが、帰郷して樋口さんと再会したという。
「中学のときから、目標に向かってこつこつ努力するタイプでしたね。生徒会長をしたくらいですから、人前に出て話すことも嫌いじゃないみたい」
 それを聞いて、樋口さんは照れくさそうに笑うが、夕子さんの言葉を否定はしなかった。
「人前で話すことも貴重な経験ですが、それによって人の輪が広がることがうれしいんです。なにもしなければ、それこそ家族としか話さなくなってしまう。いろんな考え方に触れれば、視野が広がる。これからも仲間と共に、そして新しい仲間にも、どんどん出会いたいですね」(2015年12月取材)


ひぐち・けんじ
1978年福岡県八女市生まれ。高校を卒業後、鯉淵学園農業栄養専門学校に進み、2001年に福岡県内の農業生産法人に就職。おもにグリーンアスパラガスの生産に従事。03年に退職し、両親の後継者となる。12年度JAふくおか八女青年部委員長。妻、長女、両親の5人家族。

地上編集部
写真家の光写真部

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